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10分以内にヒトの细胞1个の薬物分子を追跡

2012年4月25日

独立行政法人理化学研究所
国立大学法人広岛大学

10分以内にヒトの细胞1个の薬物分子を追跡
-新薬开発の高速化とオーダーメイド医疗に新たな方向性-

本研究成果のポイント

  • ヒトの肝臓细胞1个から薬物の副作用の原因にもなる分子変化を10分以内で分析
  • 従来法に比べて高速、高精度かつ低コストでの解析が可能
  • 薬物代谢の様子が细胞间で异なる“ゆらぎ”があることを発见

理化学研究所(野依良治理事長)は、生きた細胞の成分をリアルタイムかつ網羅的に検出できる「一細胞質量分析」を用いて、たった1個のヒトの肝臓初代培養細胞※1の薬物分子変化(薬物代謝)を10分以内で分析することに成功しました。また、同じ肝臓細胞でも代謝の様子が細胞間で異なる「ゆらぎ※2」があることも発見しました。これは、理研生命システム研究センター(柳田敏雄センター長)一細胞質量分析研究チームの升島努チームリーダー(広島大学 大学院医歯薬保健学研究院教授)と広島大学、参天製薬らとの共同研究グループの成果です。
肝臓は、薬物を异物として捉え、さまざまに分子変化させることで、体内に入った薬物を无毒化しようとする薬物代谢机能を持ちます。しかし、これが、かえって薬物を副作用の强い分子に変えることがあります。薬物代谢の様子を解析することは、薬効と副作用を确认するうえで新薬开発には欠かせません。ただ、この解析工程の最终段阶ではヒトの组织を使わざるを得ないため、伦理上の问题や高コストをいかに解决するかが求められていました。
2008年に升島努チームリーダー(広島大学 大学院医歯薬保健学研究院教授)らは、1つの生きた細胞の変化を見ながら、その細胞内の分子群をリアルタイムかつ網羅的に検出する「一細胞質量分析」に初めて成功しました。従来の分析法では、多量の試料を必要とし、高いコストと手間がかかりましたが、一細胞質量分析では、細胞1個で生きた細胞の様子を見ながら解析でき、高速、高精度かつ低コストでの解析が可能です。今回、参天製薬の協力を得て、この分析手法を用いて緑内障の治療薬であるタフルプロストの薬物代謝をたった1個のヒト肝臓初代培養細胞を用いて10分以内で分析することに成功しました。また、さらに詳しく分析することで、同じ種類の細胞でもそれぞれに薬物代謝が異なる、いわゆる “ゆらぎ”があることも発見しました。このゆらぎは、生命現象を説明するうえで今後大きなカギを握る概念とされ、科学的にもまた医薬品開発においても考慮すべき生命現象の本質の1つと考えられています。さらに開発が進み、新薬候補分子がどの細胞にどう到達し、どう変化するかが詳細に分かるようになると、日本の製薬企業が希望する次世代創薬技術の確立が期待できます。本研究成果は、英国の科学雑誌『Nanomedicine』(5月号)に掲載されるに先立ち、オンライン版(4月30日付け:日本時間5月1日)に掲載されます。

1.背 景

従来、细胞の働きや関係する分子を调べるときは、たくさんの细胞の集合体をすり溃し、これをさまざまな分析法で调べます。生体の応答は、1个の细胞の応答ではなく膨大な细胞の平均値なので、従来法でも间违いではないですが、生命现象の解明には问题があります。実际に1个の细胞を観察すると、同じ刺激に対しても个々の细胞の反応は多様で、それら异なる细胞の変化を正确に见ることが望まれていました。
特に、生きた細胞の変化を見ながら、その細胞内の分子変化をリアルタイムで追跡するのは、ライフサイエンスの夢でした。しかし、細胞の体積は1ピコリットル(1兆分の1リットル)と超微量で、観察している細胞1個の中で起こっている分子変化は検出不可能と思われていました。しかし、2008年に升島努チームリーダー(広島大学 大学院医歯薬保健学研究院教授)らは、1個の生きた細胞の変化を見ながら、その細胞内の分子群をリアルタイムかつ網羅的に検出する「一細胞質量分析」を開発しました。
この手法を医薬品开発や临床试験に応用することができると、手に入り难いヒト细胞を用いても、数个の细胞で简単に分析できるうえ、解析の高速化と低コスト化や分子情报の高精度化をもたらす新技术となることが期待できます。
研究グループは、創薬開発でもっとも重要な薬物代謝分析に一細胞質量分析が有効かどうか検証しました。まず、ヒト肝がん培養細胞HepG2を用いて、抗がん剤の一種であるタモキシフェンの薬物代謝の分析を試みました。その結果、1個の細胞から10分以内で細胞内分子を検出できました。(雑誌Analytical Science 2012年3月号に掲載されhot articleに選定)。
そこで、研究グループは、さらに生体に近い状态のヒト肝臓初代培养细胞の薬物代谢の一细胞质量分析に挑戦しました。

 

2.研究手法と成果

研究グループは、ヒト肝臓の初代培养细胞を対象に緑内障の治疗薬であるタフルプロストの薬物代谢の分析を试みました。まず、顕微镜下でターゲットの细胞の挙动を见ながら、见たい瞬间に先端口径が数μ尘のナノスプレーチップという金で被覆した细管で细胞内成分を吸い上げます。次に、チップの后方からイオン化有机溶媒※3を入れて、チップと质量分析计の间に1办痴前后の高电圧をかけます。すると、イオン化有机溶媒が先端の细胞内成分を通り抜けながら、主に成分中の低分子を抽出し、分子群は雾と一绪に质量分析计に导かれます。ここまで5分以内で行うことができました。さらに検出された质量スペクトル中の1つ1つのピークは、特徴的な质量を持った分子を示し、このピークから细胞内成分の分子を网罗的に検出することができました。质量分析计で计测する时间は约5分で、合计10分以内で细胞内にある分子を検出できました(図1)。
以前に行った贬别辫骋2细胞の分析结果と比べると、同じ代谢物でもより高い代谢活性が确认でき、また多种类の薬物代谢物を発见しました。薬物代谢は、代谢経路と呼ばれる复数の反応の连锁で行われます。各反応でできる中间代谢物を経て最终代谢物に至ります。この手法では、中间代谢物も含めて网罗的に定量できるので、代谢経路が追跡できます。さらに、タフルプロストを细胞培养液に添加し、その后の时间の経过とともに细胞内分子の质量スペクトルの违いを比べることで、时间的追跡もできることが分かりました。さらに今回の研究で细胞ごとに分析データが大きくばらつくことが分かりました。この実験结果について慎重に确认したところ、统计学的な误差の范囲を上回る変动を検出しました。つまり、细胞ごとに薬物代谢が量的に异なる、いわゆる“ゆらぎ”があることを発见しました。従来、ゆらぎとは、分子スケールの时空间的変动を示したものですが、これが细胞の状态や机能で比较しても、変动が存在することを本研究で示すことができました。これは、生命现象の本质の1つであると示唆され、生命分子関连の学界において、これから活発な议论を呼ぶと考えられます。

3.今后の期待

1个の细胞で薬物代谢を追跡できるということは、高価で伦理的にも入手し难いヒト细胞を利用しやすくし、候补物质探索や代谢予测を高速、高精度かつ低コストで行うことを可能にします。それは、今后の创薬や临床解析のスピードアップに贡献すると考えられます。
また、病理検査で行われる患者のわずかな病巣组织を细胞単位にして病态の进行度を分子诊断することも可能になります。同时に数个単位の细胞から多様な薬物の代谢の様子を调べて、副作用の少ない最も适した薬物治疗を提案するなど、さまざまな局面においてオーダーメイド医疗と个别分子诊断への新しい道を开くものと期待できます。今后、复数の製薬公司との连携を进め、この手法を用いた次世代创薬技术の确立を目指します。

原论文情报
Yasufumi Fukano, Naohiro Tsuyama, Hajime Mizuno, Sachiko Date, Mikihisa Takano, Tsutomu Masujima,
“Drug metabolite heterogeneity between cultured single cells profiled by pico-trapping direct mass spectrometry” Nanomedicine, 2012
顿翱滨:10.2217/狈狈惭.12.34

补足説明

※1 初代培養細胞
生体から採取した组织や细胞を最初に播种して培养した细胞。特に生体内での细胞の性质が比较的保たれており、生体内と同様な挙动を示すことが期待されている。そのため、ヒトの初代培养细胞は、医薬品の効能や副作用のスクリーニングに多く用いられる。

※2 ゆらぎ
「生命を担う分子は、室温あるいは生体の体温では、必ず热运动に伴う振动や运动をしているが、それがある必然点を中心にその状态を変化させている状态をゆらぎという。生命は、このようなどこにもある热エネルギーも巧みに使って、エネルギー効率の高い必然的な动きをしている」という概念。理研生命システム研究センター柳田センター长が世界に先駆けて提言した。従来は、分子スケールの时空间的変动を示したものであるが、本研究によって细胞の状态や机能で比较しても、変动が存在することを示すことができた。

※3 イオン化有機溶媒
细胞1个に含まれる分子など极めて軽い分子の质量を测定する场合、どのような计测手法を用いるかが课题となる。质量分析では、电荷を背负わせた(イオン化)分子を真空の质量分析计内部に注入し、さまざまな电磁场との相互作用と分子の质量による强弱(重いとゆっくり电场に応答し、軽いと速く电场に応答する)を利用して测定する。具体的には分子にプラスの电荷を背负わせたい时は、ギ酸などの酸性(贬+イオンが多く含まれる)分子と有机溶媒(アセトニトリルやメタノール)の混合溶媒を使用する。これをイオン化有机溶媒という

図1 一細胞質量分析

図1 一細胞質量分析

(1)细胞内の任意の部位(细胞质、液泡や核の内部など)をナノスプレーチップで吸引する。
(2)吸い上げたチップの后部からイオン化有机溶媒を入れて、质量分析计の试料导入部の间に电圧をかけることで、微细な电荷を负った雾を発生させる。电荷が分子に乗り移りながら(イオン化)、质量分析计の中に导入される。
(3)分子の质量顺に分子のピークが现れ、その高さは、量に比例する。

従来法では、たくさんの细胞をすり溃し、前処理、分离、质量分析という顺に行われ数时间はかかっていたが、この手法を用いれば、细胞1个の补捉した局所に、どんな分子がどれくらい存在するかが操作时间10分程度という今まで想像できなかったスピードで解析できる。
予め薬物の分子构造が分かっているので、生体内で修饰を受けた代谢物も検出できる。その中には、副作用の强いものや、元の薬物より活性の高いもの等が存在し、それらの全容は新薬を开発する上で必须情报である。また临床现场では、患者ごとの违いを把握して理想的な薬物治疗を进める上で、必要不可欠な情报である

図2-1 細胞質から薬物や代謝物などの成分を吸い上げる様子
図2-2細胞質から薬物や代謝物などの成分を吸い上げる様子
図2-3 細胞質から薬物や代謝物などの成分を吸い上げる様子
図2-4 細胞質から薬物や代謝物などの成分を吸い上げる様子
図2-5 細胞質から薬物や代謝物などの成分を吸い上げる様子
図2-6 細胞質から薬物や代謝物などの成分を吸い上げる様子

図2 細胞質から薬物や代謝物などの成分を吸い上げる様子。
顕微镜下でターゲットのヒト肝臓初代培养细细胞の挙动を见ながら、见たい瞬间にナノスプレーチップで细胞内成分を吸い上げる。

 

報道担当?问い合わせ先

问い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所

生命システム研究センター 一細胞質量分析研究チーム

チームリーダー 升島 努(ますじま つとむ)

TEL:070-6800-3907 FAX:06-6155-0112

(広島大学 大学院医歯薬保健学研究院教授

罢贰尝:082-257-5300)

生命システム研究センター

広報担当    川野 武弘(かわの たけひろ)

TEL:070-6800-3938 FAX:06-6155-0112

(报道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715

広島大学 学術?社会産学連携室

広報グループ  多賀 信政(たが のぶまさ)

TEL:082-424-6017 FAX:082-424-6040


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