(研究に関すること)
木下 豊彦(キノシタ トヨヒコ)
高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 主席研究員
住所:兵库県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL:0791-58-0802、FAX:0791-58-0830 E-mail:toyohiko*spring8.or.jp
(厂笔谤颈苍驳-8に関すること)
高輝度光科学研究センター 広報室
TEL:0791-58-2785、FAX:0791-58-2786 E-mail:kouhou*spring8.or.jp
(理研报道担当)
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel:048-467-9272 Fax:048-462-4715
(闯厂罢の事业に関すること)
石井 哲也(イシイ テツヤ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究領域総合運営部
住所:〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
TEL:03-3512-3524 FAX:03-3222-2064 E-mail:crest*jst.go.jp
(贰-尘补颈濒の*は、半角蔼に置き换えて送信してください)
平成24年4月2日
財団法人 高輝度光科学研究センター
国立大学法人 東京大学
国立大学法人 広島大学
国立大学法人 東北大学
独立行政法人 理化学研究所
独立行政法人 科学技術振興機構
酸化ニッケルの磁壁内のスピン构造决定に世界で初めて成功
- 反強磁性体の微小領域磁性の理解が進展、磁気ナノデバイス開発の加速に期待 -
高辉度光科学研究センター(闯础厂搁滨)、东京大学、広岛大学、东北大学、理化学研究所、科学技术振兴机构は共同で、典型的な反强磁性体の一つである酸化ニッケルのスピン※1が揃った微小领域(磁区)间を隔てる磁壁※2の観察を行い、その幅や内部のスピン方向を决定することに成功しました。
私たちの身の回りでは多くの磁性物质が利用されており、その代表的なものが强磁性体と反强磁性体※3です。强磁性体はその内部で电子のスピンの方向が一定の方向を向く性质を持
っており、磁石に代表されるようにモーターや発电机などに広く応用されています。一方、反强磁性体の多くはその内部でスピンの方向が互い违いに揃おうとする性质を持っており、それ自身では磁石の性质を持ちません。しかしながら、これと强磁性体とを组み合わせることで、磁気ヘッドや磁気メモリなどの磁気记録など様々な场面で役立っています。今回研究対象とした酸化ニッケルは最も典型的な反强磁性物质で、1960年ごろから、磁区、磁壁といった数十ミクロンメートルから数ナノメートル程度の微小领域の磁性が调べられてきました。
しかし、この微小领域における最も基本的な特性であるスピンの向きを决定する手法がなく、长らく理论的な予测、あるいは推测がなされてきただけでした。
研究グループは今回、大型放射光施设厂笔谤颈苍驳-8※4の软齿线が非常に高辉度で偏光の制御も可能であり、22ナノメートル(苍尘)の高い空间分解能の光电子顕微镜装置を利用することにより、この物质で存在しうる全ての磁壁の直接観察に世界で初めて成功し、さらにその内部のスピン方向や幅の决定を行いました。通常の磁性体ではある限られた空间内でスピンが揃う领域(磁区)が形成されます。2つの异なる磁区は、それぞれ违う磁化方向を持つために
そのままではエネルギー的に不安定で、间に磁壁と呼ばれる领域が存在してその中ではスピンがゆっくり回転し、隣り合った磁区同士のスピンを滑らかにつなぐ役割を果たしているはずです。今回、その磁壁中のスピンの回転の様子を直接観察することに成功し、また磁壁の幅も観测しました。今回の成果は、スピン同士に働く相互作用など、反强磁性体の微小领域磁性に関する理解を大きく进展させるもので、基础的な物性物理の分野でも大きな成果です。
酸化ニッケルそのものは、现在、磁気记録技术などには利用されていません。しかし、その性质をうまく利用することで、周波数特性を制御する非常に微小なインダクタ回路(コイルの代わりに使われる部品)の生产が可能となります。こうした磁気ナノデバイスは、省エネルギーに资することはもちろん、より高性能の携帯端末などへの応用も期待されます。今回得られた成果はこうした磁気ナノデバイスをデザインするにあたって非常に重要なものです。
今回の研究成果は、JASRIの木下豊彦主席研究員、東京大学の新井邦明大学院生、広島大学の奥田太一准教授、田中新助教、東北大学の三俣千春研究員らの共同研究によるもので、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「ナノ界面技術の基盤構築」研究領域における研究課題「超高輝度放射光機能界面解析?制御ステーション」の一環として行われました。
本成果は、2012年3月29日に米国科学雑誌 「Physical Review B」のオンライン版に掲載されました。
1.研究の背景
私たちの身の回りでは多くの磁性物质が利用されており、その代表的なものが强磁性体と反强磁性体です。强磁性体はその内部で电子のスピンの方向が一定の方向を向く性质を持っており、磁石に代表されるようにモーターや発电机などに広く応用されています。反强磁性体の多くはその内部でスピンの方向が互い违いに揃おうとする性质を持っており、それ自身では磁石の性质を持ちません。これと强磁性体とを组み合わせることで、磁気记録など様々な场面で役立っています。磁性体の内部では电子のスピンがその磁化の役割を担っています。磁性体の内部を拡大してみると、ある限られた领域内では磁化が同じ方向を向いている磁区と呼ばれる领域が存在し、いろいろな磁化方向を持つ磁区が集まって磁性体ができていることが知られています。
磁性体の中で隣り合う磁区の磁化方向が异なっている场合、エネルギー的に不安定になるので、磁区と磁区の间にできた壁(磁壁)の中では、その磁化がなめらかにつながることができるように回転します。强磁性体、反强磁性体共に磁区や磁壁が存在することが知られています。こうした微小领域の磁気状态を调べることが、磁気ヘッドや磁気メモリなど、ナノテクノロジーを利用した様々なデバイス开発に役立っており、大変重要な研究テーマです。
今回研究対象とした酸化ニッケルは最も典型的な反强磁性物质で、1960年ごろから、磁区、磁壁といった微小领域の磁性が调べられてきました。しかし、最も基本的な微小领域のスピンの向きを决定する手法がなく、长らく理论的な予测、あるいは推测がなされてきただけでした。1990年代后半に入ってから、世界中で高辉度放射光施设が建设されるようになり、また、光电子顕微镜と呼ばれる装置も放射光施设に导入されるようになってきました。光电子顕微镜と高辉度放射光を用いれば、反强磁性の磁区観察ができます。しかしながら、これまでは磁区や磁壁が観察できてもその内部のスピンの向きは明らかになっていませんでした。
2.研究内容と成果
磁区を観察するためには様々な手法が用いられます。その中で放射光と组み合わせた光电子顕微镜は、物质を构成する元素ごとの磁性を调べることができ、また、反强磁性体という、通常の方法では観察の难しい物质の微小领域の磁気状态を调べることのできる优れた方法です。
光电子顕微镜とは、物质に光を当てた时に出てくる电子(光电子と呼びます)を、电子レンズで集め、蛍光スクリーン上に像を映し、それをビデオカメラで撮影する装置です。物质の表面のどの场所から光电子が多く出てきたかによって得られる像にコントラストが生じます。
放射光には光电子を励起するための光のエネルギー(波长)を変えることができること、偏光していること、という大きな特徴があります。酸化ニッケル中のニッケルの电子を励起する条件に光のエネルギーを合わせると、ニッケルの磁化方向と光の偏光ベクトルのなす角度に応じて光电子の出やすさが変わってきます。すなわち、直线偏光の向きとスピンのなす角度に応じて飞び出してくる电子の数が変わるのです。図1にその様子を示します。図2に示すように试料に対する光の入射方向を决めて光电子顕微镜の测定を行えば、试料内部の微小な领域(磁区、磁壁)の持っている磁化(スピン)方向に応じたコントラストが得られることになります。
こうした手法は21世紀に入ってから世界のいろいろな放射光施設で可能になってきましたが、酸化ニッケルの磁区や磁壁内部のスピン方向を決定することはできていませんでした。決定できなかった最大の理由は、偏光ベクトルとスピンの関係に応じた光電子の出やすさに関する理論的な解釈に長いこと矛盾があったからです。研究グループでは、酸化ニッケルの結晶の対称性を取り入れた正確な理論に基づき、22nmの、高空間分解能のSPring-8の光電子顕微鏡で観察された像のコントラストの解析を行いました。その結果、酸化ニッケルに存在すると予想されていたすべての種類の磁壁の観測に成功し、それぞれの磁壁の幅がどのぐらいの値を持っているかを測定することができました (図3)。そして、その内部のスピン構造を明らかにすることができました(図4)。
磁壁の中でスピンがどのような方向を向いているか、またその幅がどれぐらいの大きさになっているかということは、磁性体の性质を特徴づける最も重要な情报の一つです。スピン同士に働く相互作用(交换エネルギー)や、スピンがどちらの方向を向きやすいか(异方性エネルギー)といった情报をこの研究から得ることができました。
3.今后の展开
今回の成果は、スピン同士に働く相互作用など反强磁性体の微小领域磁性に関する理解を大きく进展させるもので、基础的な物性物理の分野でも大きな成果です。酸化ニッケルは磁気记録用の反强磁性材料としては现在用いられていません。その理由は酸化ニッケルが电気を通しにくい性质を持っているからで、磁化の向きに応じて电気の流れやすさを検出する现在の方法には向いていないからです。しかし、电気を通しにくいからこそ応用できるデバイスもあります。例えば携帯电话に使われている小型のインダクタ(コイルの代わりに使われるもの)です。磁化の向きに応じて电波の周波数応答を変えるという特性をうまく利用すると、これまでになく小型で高性能のインダクタの开発が期待できます。今回得られた知见をうまく使えば、将来もっと軽くて高性能のスマートフォンの开発につながるものです。
本研究は、学术振兴会の科学研究费补助金の助成を受け、厂笔谤颈苍驳-8の利用研究课题として行われました
4.论文情报
题名: Three Dimensional Spin Orientation in Antiferromagnetic Domain Walls of NiO studied by X-ray Magnetic Linear Dichroism Photoemission Electron Microscopy
日本语訳:磁気線2色性光電子顕微鏡による反強磁性酸化ニッケルの磁壁の3次元スピン方向の研究
着者:Kuniaki Arai, Taichi Okuda, Arata Tanaka, Masato Kotsugi, Keiki Fukumoto, Takuo Ohkouchi, Tetsuya Nakamura, Tomohiro Matsushita, Takayuki Muro, Masaki Oura, Yasunori Senba, Haruhiko Ohashi, Akito Kakizaki, Chiharu Mitsumata, and Toyohiko Kinoshita
ジャーナル名: Physical Review B
オンライン掲载日:2012年3月29日
5.参考资料
図1:偏光ベクトルと磁化方向のなす角度の违いによって反强磁性体の磁区から飞び出してくる光电子の数の违いを示す模式図。

図2(a) :光電子顕微鏡装置、直線偏光放射光を用いて反強磁性体の微小磁気構造を調べる実験の模式図。放射光に対して试料を回転させると、それに応じてビデオカメラで観察される拡大像も回転し、磁区の磁化方向に応じてコントラストが変化する。

図2(产):{001}罢-飞补濒濒※5と呼ばれる酸化ニッケルに存在する磁壁の种类のうちの一つ(図4(补)参照)を光电子顕微镜で観察した像及びその模式図。赤の楕円で囲んだ领域に磁壁(模式図中の黒い线)が存在する。青线は违う种类の磁壁。

図3:调001皑罢-飞补濒濒の光电子顕微镜像の磁壁部分(図2(产)の赤线)のコントラストを拡大したグラフ。このコントラストが磁壁の中のスピンの向きを反映している。赤丸は実験値。青线が図4に示したスピン方向を仮定した时に得られる计算値。

図4:
(a) 酸化ニッケルに存在する磁壁の1種、{001}T-wallの模式図。図の矢印(赤字でそのベクトルの向きを表記)がスピンの向きであり、立体的に見えるように立方体や矢印の存在する面を図示してある。右と左の矢印がそれぞれ反強磁性歪に由来する磁区に存在するスピンの向きで、それぞれ異なる磁化方向 と[112]を持っている。真ん中の立方体の中にある面がそれらの磁区を隔てる磁壁で、その中心ではスピンの方向が両隣の磁区のスピン方向とは異なる。
(b) 解析の結果得られた{001}T-wall内で回転しているスピンの様子の模式図((001)面への投影)。赤と青の矢印はスピンの向きで、反强磁性体なので、向きが互い违いになっている
(a)

(b)

6.用语解説
※1.スピン
物质を构成している元素にはすべて电子が存在します。电子は太阳系の中で太阳の周りを回る惑星のような运动をしていますが、惑星の自転に相当するのがスピンです。自転の方向が时计回りか反时计回りかに応じてスピンの向きが决まります。物质の中でスピンの向きが同じ电子が存在するとそれが磁性を発现させる元の力になります。
※2.磁壁
磁性体の中で磁化が同一方向に揃った小さな领域を磁区と呼びます。磁区と磁区を隔てる境界のことを磁壁と呼びますが、ここでは、磁区同士の磁化方向が异なることで生じる不安定な状态を解消しようとして磁化方向が回転して磁区と磁区の间の磁化をなめらかにつなぐ役割を果たしています。
※3.强磁性体と反强磁性体
强磁性体とは磁石につく性质をもった磁性体のことです。またそれ自身で磁石になりやすい性质も持っています。强磁性体の中では磁化(电子のスピン)が同じ方向を向こうとする性质を持っています。それに対して反强磁性体は磁石につく性质をもっていません。但し、その内部の磁性を调べると磁化方向の并びに秩序があり、全体として强磁性は示さないものの、反强磁性体特有の様々な面白い性质を示すことが知られています。强磁性体ではスピンが一方向を向こうとする性质をもっていますが、试料全域にわたってスピンが一方向を向くためには外部から大きな磁场をかけてやる必要があります。全域にわたって一方向をむいた状态が磁石です。通常の状态の强磁性体では、ある领域(磁区)内でだけ、一方向をむいており、そのままでは磁石につく性质は持っていますが、磁石にはなっていません。
※4.大型放射光施设厂笔谤颈苍驳-8
理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設で、その運転管理と利用者支援はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
※5.调001皑罢-飞补濒濒
今回の绍介记事でいろいろなところで出てきている调001皑や(010)、摆112闭などはすべて结晶の方位(轴や面が立方体の中のどちら方向を向いているか)を示す记号です。酸化ニッケルの场合は(111)面(図4(补)の叁角形の面)の中ではスピンが强磁性的な配列をし、その重なり合った隣の(111)面では反対向きのスピンをもっているために结晶全体で反强磁性体になっています。隣り合う面が反対向きの磁化を持っているために、磁石の狈极と厂极が引き合うように(111)面同士が引きつけ合って结晶全体が歪みます。その结果歪方向の违いに応じて罢ドメインと呼ばれる磁区ができます。2つの罢ドメインの境界に存在する磁壁が罢-飞补濒濒で、その面の方向が{001}方向である磁壁をこのように呼びます。(例えば図4(补)の中央の図)。