铃木 理恵 着
2021年11月30日
咸宜园は,1817年に広瀬淡窓によって天领日田(现在の大分県日田市)に开かれた汉学塾である。さまざまな阶层の塾生が,厳しい塾则のもとで寄宿舎生活をしながら,毎月の成绩によって昇级する実力主义の教育システムが採用されたことで有名である。最盛期には西日本を中心に全国各地から200名に及ぶ塾生が集い,私塾としては近世でも特笔すべき隆盛を夸った。
本書では,咸宜園独自の教育システムが,同塾門人が開いた塾(系譜塾)を通して各地へと展開し,明治期にも継続した様相を描いている。また,広瀬淡窓に始まる代々の塾主とその地位継承,広瀬淡窓の詩集「遠思楼詩鈔」出版の経緯,教育に必要な蔵書の形成過程や目録管理,地方での書籍流通の様子についても,史料に基づいて論じる。 近世から近代にかけての地方教育の研究に一助となる一冊である。